漂う手紙

生活と思想。遺書とラブレター。時に真似事。

執着

 

目を開けると、あなたがいた。


あなたは一瞬泣きそうな顔を見せてから私を強く抱き締めた。

なぜか右手がすごくじんじんする。


寝起きの頭でぼーっとしていたが、いつもと変わらないしあわせな時間で、静かにあなたのぬくもりを受け止めていた。

あなたのにおい、体温、腕の力、

目を閉じてすべてを感じとろうと息を吸い込んだとき、


そう、そうだ、そうだった。


私は車にひかれたんだ。

あなたを助けようとして。

だからここは病院で、私はベッドに寝ていて、あなたが傍に居てくれた。

本当に、よかった。あなたが無事で。


ああ、よかった。

抱き締める強さがあなたの不安と安堵を伝えてくれている。

あなたがいる。


頭がはっきりしてきて、右手のしびれの理由がわかった。

あなたは私が目を覚ますまでずっと手を握ってくれていた。

私を想う気持ちがこのしびれになってしまったのかと思うとなんて愛おしいのだろう。

今は私の身体を気遣って片腕で私を支えるように抱き締めてくれているが、それでも手は握ったままだった。


顔、見せて。

お願いしたら、ゆっくりまた私をベッドに寝かせてくれた。

その顔初めてみた、っていつもみたいに笑い飛ばしたくなるほど酷い顔。

でも私も負けず劣らずだから言えない。

目が離せない。手が離せない。

手を繋ぐことでお互いの存在を確かめあっていた。

 


少し落ち着いてきて、お互いの安否確認のような他愛のない話をし始めた。

私自身の身体のことは麻酔でだるくて正直よくわからなかったけれど、会話に支障はなかったし、特に興味もなかった。

あなたがいればそれでいい。

あなたの優しい表情とその声にただただ絆されていた。

私への労りに満ちている。

それが愛おしくてたまらない。

触れたい。

あなたに触れたいのに、あなたの右手がそうさせてくれない。

その手が微かに不安そうにしているのはわかっていた。

私の身体の心配をしているからだと思っていたけれど、それとも少し違うような気がした。

まるで私の手そのものに執着でもしているかのような、そう思ってしまうほどその手を離そうとはしなかった。

 

 

 

私の左手はもうそこにはなかった。