漂う手紙

生活と思想。遺書とラブレター。時に真似事。

心-身

 

傍にいるとき、生理は重い。

今まで痛みなど感じことがないくらいだったのに。だるい。鈍い痛み。

身体が必要としている。

心よりも素直な身体。

子宮の収縮。感じる痛み。

 


生理が来なくなった。

痩せたから。

それだけじゃない。

会ってないから。

必要とされていない。

心よりも素直な身体。

痛みがない。失うものはない。

 

 

性質

転んだ

膝を擦りむいた

痛い

涙が出る

誰のせい?

自分のせい

他の誰のせいでもない

自分で躓いた

あの頃の記憶

ほぼないに等しい記憶

それなのに

今の私と変わらない

今私が何か不幸を被ったとして

それは誰のせいでもない

誰かの何かが少し作用して

私の不注意も幾らか作用して

小さな何かが重なって起きたこと

だから誰のせいにもならない

私は反省することが少しあるね

ただそれだけ

それはきっとずっと変わらない

だから心配しないで

私は上手くやっているよ

だって生まれたときからそうなんだもの

 

 

中身

 

お部屋の中は心の中

好きなものも必要なものも要らないものも

嫌いなものも忘れたものもすべてある

今私が死んだなら

事故か事件か

そうでなくても誰かはこの部屋に入ってくる

私の心の中へ

そうして私のあれやこれやを

誰にも見せたくないものでさえ

無粋な手で触ってくる

そんなことを想像しただけで身の毛がよだつ

その手が愛しいあの人ならば

どんな私も見せてあげる

でもね

現実そうも上手くはいかないでしょ

だから私は

誰に見せても誇れる部屋にしたい

私の好きを詰め込んだ部屋を

これが私の心だと

誰が見ても心地のいい部屋だと

そして何より私自身のため

誇れる精神を

私の愛するもので埋めた部屋は

私を優しく包んでくれる

決して完璧じゃない

埃も隅に溜まってるし

要らないものもたくさんあるし

捨てたい捨てたくない整理したい

でもそれでいい

心も同じ

無駄がなくては意味がない

少しずつ好きなものを増やしていけばいい

少しずつ誇れるように生きればいい

そうしてたくさんのもので溢れたなら

誰になんと言われても私の心には届かない

私の心はすでに満たされていて

罵倒なんて入り込む余地なんかないの

ああなんて最強

さあ今は

最強求めて

慎ましく丁寧にこさえていきましょう

そのためならば

私は手間も暇も惜しみません

 

 

 

夕暮に惑う

 

私の生家のトイレ。

そこはいつも夕暮である。

居間から納戸と硝子窓を隔てた長い廊下を通る。常に開け放しの木戸を越して右に見えるのは、片面が硝子窓で照らされた短い廊下、その突き当たり、そこがこの家のトイレだ。

如何にもといった女子と男子とがそれぞれ別の個室として備えられた昭和の和式トイレである。窓もそれぞれ一枠ずつ。

壁面上部は鮮やかに燻んだ青で塗られ、下部はヒビの入った白いタイルが貼られている。所所剥がれ落ち、素のコンクリが覗いている。

床面はもともとその色であったのか、色褪せただけなのか、赤褐色のマドリッド風タイル模様を誂えたビニール製の床敷。

そして、汲み取り式であったものを水洗に改装した古い和式の便座。白い陶器の便座。タンクも同様の陶器で、そこから便座へ金属製のパイプが伸びるが、何分古いもので夏場結露すれば水滴はそのまま滴り落ちる。言わずとも真菌の温床である。

ペーパーホルダーのカバーはいつから取り替えられていないのかいつも同じもので、柄が入っていたのだろうと推測する程に痕跡的で、色褪せほとんど真っ白である。

上には後から付けられた裸電球。

時折壁を蜘蛛が這う。

この様相だけでも、私には十分時が止まったような淋しさを感じてしまう訳であるが、ここ最近張られた窓硝子が、より夕暮の物哀しさを引き立てている。

以前までは障子張りであったところを、先の暴風雨により水害があったため、修繕の機会に硝子に張りかえたのだ。

この家は明治の時分から引き継がれた所謂古い日本家屋で、私が生まれた頃から既に隙間だらけ、通気だらけで、このトイレも例に違わずほとんど外に居るのと同じようなものだ。

その障子も破れてから貼り直されずどれだけ経ったのかも分からぬ程で、厳しい冬の間も仕切の役割などなく容赦無く寒風が吹き込んでいた。

漸く外と内を隔てる体を成したと喜んでいた訳だが、窓枠にはめ込まれた硝子は一般的なものとは少し様子が違う。

大抵の窓に使われる硝子は先の技術革新により、曇りの無い透明なもので緻密に平らである。

よく手入れし磨けばそこには何も無いと錯覚する程だ。

にも関わらず、その窓に使われた硝子は淡いセピアカラーと言えば聞こえは良いが、完璧な透明とは程遠く、しかも表面が波打っている。

おかげで庭の木々草花は歪んでいる。

こんな硝子今時手に入るのかと思ってしまう程の品質である。

またその燻んだ色により、澄んだ朝陽だろうが照りつける陽射しだろうが凡てを朱く褪せた夕陽にしてしまう。

時の止まった内装を夕陽が照らし、そこは常に夕暮となる。

汲み取り式の過去を持つ和式トイレは主屋から短い廊下を挟んで離れになっている。トイレの個室へ向かうにはこの廊下を必ず通らねばならない。

廊下の窓はトイレよりも一早く硝子が張られ、さらに透明で平らであるから外の光は干渉されずそのまま入り込む。

廊下は他の場所と変わらず照らされた現在の時間が流れている。

その廊下を通ってトイレの個室へ足を踏み入れた途端、そこは夕暮になる。

突然スリップでもしてしまったような現実を揺るがされるような不思議な感覚に囚われるのだ。

ただ用を足しに行っただけなのに。

何とも言えぬ不安に駆られ、夕暮の淋しさに掻き立てられ、落ち着きなく用を足す。

そこを出れば朝だか昼だかまた現在。

夕暮の燻んだ光と打って変わって現在の光は清々しく私を照らしているが、その対比のおかげで余計に焦燥感を掻き立てる。

自分の根底を覆す程に。

不安定な足取で廊下を辿る。

早くあの落ち着いた居間へ帰りたい。

ただ用を足しに行っただけなのに。

その都度惑わされては堪らない。

 

 

 

ホームにて

両端から駆け寄る男女

抱きしめる寸前

女の方は横から入ってきた男に刺される

痛みはない、温かいものが下腹のあたりを流れていくのだけが感じられる

月経のとき、経血が陰部から流れ出ていくあの喪失感と似ている

うかつだった

驚く恋人

刺されたのが私でよかった

あなたじゃなくてよかった

きっとこの男はあなたのことは知らない

だからきっと殺されない

嬉しさと安堵からあなたに微笑みかける

女の微笑みに困惑する男

最後にそんなあなたの顔が見られてよかった

この男が誰なのかなんで殺されるのかなんてどうだっていいでしょう?

それだけ私は幸せ

お別れ言わなきゃ

そんな気持ちは一瞬で消えた

お別れなんてどうだっていい

ただあなたの顔を見ながら死ねる

これ以上ない幸せ

それだけでいい

薄情な女でごめんなさい

 


「愛してる」

 

 

 

執着

 

目を開けると、あなたがいた。


あなたは一瞬泣きそうな顔を見せてから私を強く抱き締めた。

なぜか右手がすごくじんじんする。


寝起きの頭でぼーっとしていたが、いつもと変わらないしあわせな時間で、静かにあなたのぬくもりを受け止めていた。

あなたのにおい、体温、腕の力、

目を閉じてすべてを感じとろうと息を吸い込んだとき、


そう、そうだ、そうだった。


私は車にひかれたんだ。

あなたを助けようとして。

だからここは病院で、私はベッドに寝ていて、あなたが傍に居てくれた。

本当に、よかった。あなたが無事で。


ああ、よかった。

抱き締める強さがあなたの不安と安堵を伝えてくれている。

あなたがいる。


頭がはっきりしてきて、右手のしびれの理由がわかった。

あなたは私が目を覚ますまでずっと手を握ってくれていた。

私を想う気持ちがこのしびれになってしまったのかと思うとなんて愛おしいのだろう。

今は私の身体を気遣って片腕で私を支えるように抱き締めてくれているが、それでも手は握ったままだった。


顔、見せて。

お願いしたら、ゆっくりまた私をベッドに寝かせてくれた。

その顔初めてみた、っていつもみたいに笑い飛ばしたくなるほど酷い顔。

でも私も負けず劣らずだから言えない。

目が離せない。手が離せない。

手を繋ぐことでお互いの存在を確かめあっていた。

 


少し落ち着いてきて、お互いの安否確認のような他愛のない話をし始めた。

私自身の身体のことは麻酔でだるくて正直よくわからなかったけれど、会話に支障はなかったし、特に興味もなかった。

あなたがいればそれでいい。

あなたの優しい表情とその声にただただ絆されていた。

私への労りに満ちている。

それが愛おしくてたまらない。

触れたい。

あなたに触れたいのに、あなたの右手がそうさせてくれない。

その手が微かに不安そうにしているのはわかっていた。

私の身体の心配をしているからだと思っていたけれど、それとも少し違うような気がした。

まるで私の手そのものに執着でもしているかのような、そう思ってしまうほどその手を離そうとはしなかった。

 

 

 

私の左手はもうそこにはなかった。

 

 

 

生命線

電信柱が並んでいる

電線は繋がっている

どこまでもどこまでも

繋がって電気を届けている

漏れながらも必死で届けている

どこまでもどこまでも

人の住むところまで

 

決して洗練はされていない

けれどその立ち姿は美しい

必要なものを

必要な分だけ

余計なものは何ひとつない

頼りなく撓むその線も

漏らさずに届くようにと

強靭に結えられている

繋がって繋がって

たくさんの柱に支えられて

それは届けられる

人の営みあるところどこまでも

寂しくも頼り甲斐のあるその姿

きっと彼らがいなければ

どこへ行くにも覚束ないでしょう

彼らは繋がりの証

たとえ姿形が変わろうとも

その姿を見れば安心する

私たちの生活に溶け込み調和する

繋がりを証明している

時には道を照らし

時には温もりを与え

時には…

そう

私たちは彼らがいないと何もできない

彼らが倒れ繋がりが途絶えて仕舞えば

道は暗くただ凍えるしかないのです

私たちは無力

私は無力

布団に包まりながら思いを馳せるだけ

野生に戻るべきだと豪語したいだけ

いいえ

何もする気がないだけ

やっぱり薄情なやつ

いつかそのときまで

せいぜい自分の命は自分で守ります